大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和29年(ワ)11175号 判決

原告 木村美智子 外三名

被告 小島美那 外五名

主文

原告等の請求はこれを棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

原告等の訴訟代理人は、請求の趣旨として、

被告等が昭和二十九年八月十八日東京家庭裁判所に対して為した、被相続人小島仲三郎に対する相続の限定承認の申述は無効であることを確認する。

訴訟費用は被告等の負担とする。

旨の判決を求め、その請求原因として、

一、被告美那は亡小島仲三郎の妻、その他の被告等はいずれも亡小島仲三郎の子として亡小島仲三郎の相続人であり、原告等は、いずれも、その相続債権者である。

二、小島仲三郎は昭和二十九年二月二十日死亡し、同日その相続が開始した。相続人は被告等六名であるが、被告小島仲治を除くその他の相続人、即ち、被告小島美那、同宣夫、同健、同陽子、同英子の五名は同年五月東京家庭裁判所に対し、相続財産の調査中であるとの理由で、相続の承認又は放棄の申述期間伸長の申立をなし、同家庭裁判所は同月二十六日申述人たる右の被告等五名の者のために「申述人等が被相続人の相続の承認又は放棄の申述期間を昭和二十九年八月十日迄伸長する」との審判を為した。

三、ところが、同家庭裁判所は同年七月二十一日、決定の形式をもつて、右の審判主文中「申述人等が」とあるを「相続人全員の為に」と更正する旨の裁判を為した。その結果、申述人たる被告等五名の外に被告小島仲治をも加えた相続人全員のために、その申述期間が昭和二十九年八月十日迄伸長されたことになり、そして、相続人たる被告等六名は右の期間内である同年八月六日同家庭裁判所に相続の限定承認の申述をなし、同月十八日同家庭裁判所に於て受理せられるに至つた。

四、しかしながら、東京家庭裁判所が為した右の更正決定は違法な裁判である。即ち、家事審判法によれば、家庭裁判所の裁判は審判の形式をとり決定の裁判をなす規定がないこと、及び、審判を更正する裁判を為し得る規定がないこと、並びに、特別の定めがある場合を除き審判の性質に反しない限り非訟事件手続法の規定を準用していることに鑑み家庭裁判所がさきに為した審判を不当と認めた場合には、非訟事件手続法第十九条の規定により審判の取消し又は変更を為すべきものであつて、右のように決定の形式をもつて審判の更正を為したのは違法であり、その効力は発生するに由ないものというべきである。

しかるところ、被告仲治が被相続人仲三郎の死亡による相続開始を知つたのは米国に留学中であつた同年四月十二日である。ところが同被告が相続の限定承認の申述を為したのは、この日から計算して法定の三ケ月の期間を既に経過した後である同年八月六日である。従つて、右の申立は同月十八日東京家庭裁判所において受理せられているけれども、それは無効である。

五、仮に、右の更正決定が適法なものであるとしても、同決定は相続人たる被告仲治が相続開始を知つた同年四月十二日から計算して法定の三ケ月の期間を既に経過した後である同年七月二十一日に為されている。この決定の効力は既往に遡るいわれもないから、その期間経過後に右のような更正決定が為されたとしても、そのために被告仲治の申述期間が同年八月十日まで伸長せられたことにはならない。従つて、同被告は同年八月六日相続の限定承認の申述を為しているが、それはこの点においても無効である。

六、結局、被告仲治は法定の申述期間内に相続の限定承認又は放棄をしなかつたことになり、従つて、相続の単純承認をしたものと看做されるわけである。そうなると、民法第九百二十三条の規定によつて、被告仲治を除く他の共同相続人であるその余の被告等五名のみでは限定承認を為すことができないこと明かである。

七、よつて、被告等六名が昭和二十九年八月六日東京家庭裁判所に対して為した相続の限定承認の申述は、同月十八日同家庭裁判所において受理せられているけれども、右の理由によつて無効であるから、その確認を求める。

と述べた。〈立証省略〉

被告等の訴訟代理人は、主文第一項同旨の判決を求め、答弁として、

一、原告等が請求原因として主張している事実は全部認める。

二、しかし、東京家庭裁判所が昭和二十九年七月二十一日被告等六名のために為した相続の承認又は放棄の申述期間伸長の更正決定が無効であるとの原告等の主張は不当である。これに対する被告等の見解は次のとおりである。

(イ)  東京家庭裁判所が右の更正決定を為すに至るまでの経過は、先ず、被告仲治を除くその余の被告等五名昭和二十九年五月東は京家庭裁判所に対して、被告仲治を含めた相続人全員である被告等六名のために相続の承認又は放棄の申述期間伸長の申立を為した。ところが同家庭裁判所は同月二十六日被告仲治を除外した申述人たる被告等五名のためにのみ、その申述期間を同年八月十日まで伸長する旨の審判を為した。申述人たる被告等五名は同年六月二十八日これに気が付いたので、直に同家庭裁判所に対して、被告仲治についても他の共同相続人たる被告等五名と同様相続の承認又は放棄の申述期間を同年八月十日まで伸長せられたき旨を申し出でたところ、同家庭裁判所は同年七月二十一日原告等主張のような更正決定をなした。そこで被告等六名はこれに基いて、同年八月六日相続の限定承認の申述をなし、同月十八日同家庭裁判所において受理せられたのである。

(ロ)  原告等は右の更正決定は無効であると主張する。しかし、家事審判法第七条の規定によつて準用せられる非訟事件手続法第十九条第一項は「裁判所ハ裁判ヲ為シタル後其裁判ヲ不当ト認ムルトキハ之ヲ取消シ又ハ変更スルコトヲ得」と規定し、同条第三項はまた「即時抗告ヲ以テ不服ヲ申立ツルコトヲ得ル裁判ハ之ヲ取消シ又ハ変更スルコトヲ得ス」と規定している。従つて、この規定の趣旨からすると、即時抗告を許さない裁判は、裁判所が不当と認むるときはその取消又は変更ができるものと解すべきである。

ところが、家事審判法第十四条は、家事審判に対する即時抗告の範囲を専ら最高裁判所の定めるところに委ねており、一方、最高裁判所の規則である家事審判規則第百十三条、第百十一条は、相続の承認又は放棄の申述期間伸長の申立を却下する審判に対して即時抗告を許容しているが、本件の場合のように、その申立を許容する審判に対しては即時抗告を許す規定がない。従つて、さきに為した期間伸長の審判を変更する右の更正決定は何等違法の点がない。

(ハ)  のみならず、家庭裁判所がさきになした相続の承認又は放棄の申述期間伸長の審判を更正する決定は、さきの審判と共に審判の性質を有するものである。従つて、その効力を争う場合は家事審判法第十四条の規定により即時抗告をもつて争はねばならない。しかるに、本件の場合のように、期間伸長の申立を許容する審判に対しては即時抗告が許されていないこと前に述べたとおりであるから、右の更正決定は絶対的に確定効力を有するものである。

(ニ)  従つて、被告等六名が昭和二十九年八月六日東京家庭裁判所に対して為した相続の限定承認の申述は有効であり、同月十八日同裁判所がこの申立を受理したことも適法である。

三、なほ、原告は種々主張するが、要するに被告等の限定承認は有効であるから本訴は失当であると述べた。〈立証省略〉

理由

一、当事者間に争のない事実関係は次のとおりである。即ち、

(イ)  被告美那は亡小島仲三郎の妻として爾余の被告五名は亡小島仲三郎の子として亡小島仲三郎の相続人であつて、且つ、その全員である。

(ロ)  小島仲三郎は昭和二十九年二月二十日死亡し、同日その相続が開始した。

(ハ)  被告仲治を除くその余の被告等五名は同年五月十七日(但し、日附の点は原本の存在とその成立に争いのない乙第一号証によつて認定する)東京家庭裁判所に対して、相続の承認又は放棄の申述期間伸長の申立を為した。

(ニ)  同家庭裁判所は同月二十六日申述人たる右の被告等五名のために「申述人等が被相続人の相続の承認又は放棄の申述期間を昭和二十九年八月十日迄伸長する」との審判を為した。

(ホ)  次で、同家庭裁判所は同年七月二十一日に至り、決定の形式をもつて、右の審判主文中「申述人等が」とあるを「相続人全員の為に」と更正する旨の裁判を為した。

(ヘ)  被告等六名は同年八月六日相続の限定承認の申述をなし、同家庭裁判所は同月十八日この申述を受理した。

二、要するに原告等は本訴で被告等六名が昭和二十九年八月六日東京家庭裁判所に対して為した、被相続人小島仲三郎に対する限定承認の申述及びその受理は無効である旨主張するのに、被告等は右申述及び受理は有効であると抗争するのである。そこで、民法第九百二十三条、第九百十五条、第九百二十一条、第九百三十七条等の諸規定を彼此対照して、限定承認の制度、殊に相続人が数人ある場合について考えるに、一部の相続人についてはたとえ民法第九百十五条第一項の期間が満了してしまつても、他の相続人において限定承認をすることのできる期間内なれば、なお共同相続人の全員で限定承認を為し得べきものと解するを相当とする。右の如く解すべきものとすれば少くとも被告仲治を除く被告五名に対して民法第九百十五条第一項の期間が昭和二十九年八月十日迄伸長されたこと、及び被告等六名が同年八月六日東京家庭裁判所に対して相続の限定承認の申述を為し、同家庭裁判所は同月十八日この申述を受理したことは前に摘記したようにいずれも当事者の間に争のないところであるから、被告等の為した右の相続の限定承認の申述及び東京家庭裁判所の受理は有効である。そうだとすれば爾余の点について判断するまでもなく右の申述及び受理を無効なりと主張する原告等の本訴請求はすでにこの点において理由がないこと極めて明かである。

よつて、原告等の請求はこれを棄却することにし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 加藤令造 田中宗雄 高橋太郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例